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東京高等裁判所 昭和43年(う)2549号 判決 1969年3月26日

主文

本件控訴を棄却する。

差戻前の第二審および差戻後の当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

弁護人の補充控訴趣意第二点(法令の適用の誤りの主張)について。

所論は、原判決は、被告人が、軽四輪自動車を運転中、法定の除外事由がないにかかわらず、原判示交通整理の行なわれていない、左右の見とおしのきかない交差点を通行するに際し徐行しなかつたとの事実を認定したうえ、被告人の右所為を道路交通法第四二条、第一一九条第一項第二号に問擬したが、(一)被告人運転の自動車が進行していた道路の幅員は約七メートルであるのに対して、右交差点において右道路の交差する道路の幅員は極めて狭く、かつ、該道路の交差点の直前には一時停止の標識が設置されていたこと、(二)被告人運転の自動車の進行していた道路の制限速度は、最高速度の標識により時速三〇キロメートルとされていたこと、(三)被告人運転の自動車の進行していた道路は、主要幹線道路であつたこと、(四)被告人運転の自動車が右道路を通行していた時刻は、日曜日の午後二時ごろであつて、人通りは全くなく、しかも、天候が良く、視界は良好であつたこと、(五)本件交差点には、補充控訴趣意第一点記載のごとき切り落し個所があつたことなどの具体的事情があつたので、被告人において、自車を運転して時速三〇キロメートルの速度で右交差点を通行したものであつて、右交差点が交通整理の行なわれていない、左右の見とおしのきかないものであるとしても、右の速度をもつてすれば、出合い頭の衝突を防ぎ、交通の安全を保つことができることは明らかであるから、被告人運転の自動車は、道路交通法第四二条の徐行義務に違反して徐行しなかつたものとはいうことができず、この点において原判決には、前記(一)ないし(五)の具体的事情を看過して、同法条の適用を誤つた違法がある、と主張する。

よつて按ずるに、記録ならびに差戻前の第二審および差戻後の当審における各事実取調べの結果によれば、(イ)本件交差点は、被告人運転の軽四輪自動車の進行していた南方中原街道方面から北方洗足駅方面に通ずる幅員七メートルの歩車道の区別のない道路(以下、本件道路という。)が、東京都品川区旗の台六丁目三番一三号先において、東方昭和医大方面から西方北千束方面に通ずる歩車道の区別のない道路とほぼ十字型に交わる地域であること、(ロ)本件交差点に通ずる右各道路における車両の制限速度は、時速三〇キロメートルと指定されていること、(ハ)本件交差点の南西隅と南東隅には、それぞれ切り落し個所があり、前者の切り落し個所は長さ3.9メートル、後者のそれは2.4メートルであること、(ニ)右交差点より西方北千束方面に通ずる道路(以下、北千束側道路という。)の右交差点に接する部分を除く本来の幅員は5.8メートル、右交差点より東方昭和医大方面に通ずる道路(以下、昭和医大側道路という。)の右交差点に接する部分を除く本来の幅員は6.4メートルであつて、実測上は、本件道路の幅員より前者において1.2メートル、後者において0.6メートル狭くなつていること、(ホ)しかし、主として本件交差点の中原街道寄りの手前一〇メートルの本件道路上の右交差点に向つて左側部分の中央線寄りの地点から観察すれば、北千束側道路の幅員として現認される右道路の本件交差点に入る部分は、本件道路の交差点に向つて左端の線が右交差点に入る地点と北千束側道路の交差点に向つて左端の線が右交差点に入る地点を結ぶ実測8.15メートルの線(以下、甲線という。)を含んだ部分であり、また、昭和医大道路の幅員として現認される右道路の本件交差点に入る部分は、本件道路の交差点に向つて右端の線が右交差点に入る地点と昭和医大側道路の交差点に向つて右端の線が右交差点に入る地点を結ぶ実測9.15メートルの線(以下、乙線という。)を含んだ部分であるが、甲線および乙線の両者はこれを遠近の関係において、また、本件道路の幅員線は右甲線の各前記観察地点に最も接近した地点を結んだ線を水平の関係においてそれぞれ現認することとなるため、実測と視覚の間に誤差が生じて、本件道路の実測七メートルの幅員線の長さより甲線の実測8.15メートルおよび乙線の実測9.15メートルの各長さのほうが短いもののごとくに現認されること、(ヘ)他面、本件交差点の北千束寄りおよび昭和医大寄りの各手前一〇メートルの北千束側道路および昭和医大側道路の各右交差点に向つて左側部分の中央線寄りの地点から観察すれば、いずれの場合においても、本件道路の幅員として現認されるその右交差点に入る部分の長さは、その幅員線が実測七メートルであるにかかわらず、北千束側道路の幅員線の実測5.8メートルの部分および昭和医大側道路の幅員線の実測6.4メートルの部分の各長さより短いもののごとくに現認されることが明らかである。そして、優先通行権につき規定した道路交通法第三六条第二項にいう車両等の通行している道路の幅員よりもこれと交差する道路の幅員が明らかに広いものとは、交差点に入ろうとする車両等の運転者が、交差点より少なくとも当該車両等の速度に対する制動距離に相当する距離だけ手前の地点から現認した右各道路の幅員線につき、前記のごとき実測と視覚の誤差を修正して判断した結果、車両等の通行している道路の実測上の幅員線の長さよりもこれと交差する道路の実測上の幅員線の長さが長いことが明らかに認められる場合をいい、かかる場合右交差する道路を通行している車両等に優先通行権が認められる反面、右の判断により、車両等の通行している道路の実測上の幅員線の長さがこれと交差する道路の実測上の幅員の長さより長いことが明らかであつて、後者の幅員より前者の幅員が広いと明らかに認められる場合においては、前者の道路を通行している当該車両等に優先通行権が認められるものと解するのを相当とするから、前記のごとき事実関係においては、本件道路の幅員が、これと本件交差点において交差する北千束方面から昭和医大方面に通ずる道路の幅員より明らかに広いものとはいうことができないので、被告人運転の自動車に本件交差点における優先通行権があるものとは認め難く、また、本件道路が同法第三六条第一項により公安委員会の指定した優先道路であつたことの証拠は存しないばかりでなく、かえつて、差戻後の当審における事実取調べの結果によれば、かかる指定のかつてなされた事実のないことが明らかであるから、被告人運転の自動車には、本件の場合、優先道路の指定に基づく優先通行権もなかつたことが明らかである。はたしてしからば、本件交差点が交通整理の行なわれていない、左右の見とおしのきかないものであることはすでに説示したとおりであるから、被告人運転の自動車が本件交差点を通行するに当つて同法第四二条に従い徐行する義務のあることも明らかであつて、所論(一)のごとく、北千束側道路および昭和医大側道路の各本件交差点に入る直前に公安委員会の一時停止の標識が設置されていた事実その他所論(二)ないし(五)の各事実が証拠上認められないではないにしても、かかる事実は前記認定の妨げとならないものというべきであるばかりでなく、被告人運転の自動車が本件交差点を通行した速度が少なくとも時速三〇キロメートルの速度であつたことが記録上明らかであつて、前記(ホ)、(ヘ)の具体的状況をも併せ考えれば、右の速度が車両等が直ちに停止することができるような速度として徐行に該当するものとはとうてい認められないから、所論は採用することができない。論旨は理由がない。

よつて、本件控訴は理由がないから、刑事訴訟法第三九六条によりこれを棄却し、差戻前の第二審および差戻後の当審における訴訟費用は、同法第一八一条第一項本文に従い全部被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。<後略>(山田鷹之助 山崎茂 中村憲一郎)

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